【感想・レビュー】『ある男』日本映画史に残る文句なしの傑作！

本作は夫を不慮の事故で亡くした妻が、夫の戸籍や名前が別の人物のものだったことに気づき、真実を追い求める姿を描いた2022年製作のヒューマンミステリー。第46回日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀主演男優賞を含む計最多8部門に輝いたことも記憶に新しいところだが、これが文句なしの傑作だった。いや、お世辞抜きに映画史に残るマスターピースと言って良いだろう。

亡くなった夫の戸籍や生い立ちをめぐるミステリーありながら、差別やヘイトクライムなどのあらゆる社会問題が浮き彫りになる構造は実に見事。さらに個人の存在を巡る哲学的な問いを投げかける芸術作品であり、それらを大きなメロドラマが包み込む。これを傑作と言わずして何を言うのか。

本作は松竹映画なのだが、「砂の器」などの松本清張作品のようなどっしり構えたストーリーテリングも良い。その意味で石川慶監督の新境地と言えよう。また妻夫木聡、安藤サクラをはじめとする俳優達の演技は絶品。特に謎を残し亡くなった夫を演じる窪田正孝の二面性のある演技は格別だった。本作は彼に取って転機となった作品と言って過言ではない。

とにかく観終わった後で、世界の見え方が変わってしまったような衝撃を受けた。個人を規定するものは何なのだろうか。名前や戸籍、生い立ちや境遇、それとも大切な人と過ごした時間なのか。